産業医個人が労働者から直接訴えられる事件が相次いでいます。産業医の損害賠償責任が初めて認められた裁判例としてマスコミ等でも報じられた大阪地裁平成23年10月25日判決の外、昨年8月に言渡しのあった東京地裁平成24年8月21日判決等がこれに該当します。
前者は、休職中であった労働者が産業医との面談時に産業医から不当な言動を受けたため、病状が悪化し、復職時期が遅れたとして、産業医に対して不法行為に基づく損害賠償を請求したところ、裁判所は、産業医に落度(注意義務違反)があったとして、労働者側の請求を認めたというケースです。また、後者は、休職期間満了によって退職扱いとなった労働者が、産業医の対応に不当・不適切なところがあり(具体的には、労働者が提出した診断書を放置したり、不当な発言を行った等)、そのために職場に復帰できず、退職扱いという結果が生じたとして、産業医に対して不法行為に基づく損害賠償を請求したものの、裁判所は、そもそも産業医の行為(対応)と退職扱いとの間に相当因果関係が存在しないとして労働者側の請求を棄却したというケースです。
平成8年の労働安全衛生法改正により、労働衛生管理体制を充実させるべく産業医の資質の確保と権限の強化等が図られ、その結果、産業保健の場において産業医に期待される役割は非常に大きなものになったわけですが、そのことが逆に産業医の責任問題をクローズアップさせることになりました。産業医が、雇用契約を通じて(専属産業医の場合)、あるいは嘱託(委任)契約を通じて(嘱託産業医の場合)、事業主に対して契約責任を負うことは当然のことですが、直接契約関係を有しない労働者から責任を問われるなどということは、全く想定外ではなかったでしょうか。
しかし、冒頭に述べたとおり、産業医個人が労働者から直接訴えられる事件は相次いでおり、今後も同様の事態が続くのではないかと考えられます。もちろん、産業保健にかかる専門家である産業医には大幅な裁量権が認められることから、たとえ裁判に訴えられたとしても、裁判所は軽々しく産業医の落ち度(注意義務違反)を認めるとは思えません。産業医を始め、産業保健スタッフの方々は、労働者から訴えられるかもしれないなどと心配することなく、産業保健にかかる専門家として、自信を持って自らの業務にあたっていただければと願っています。