オリンピック陸上競技での医務
さまざまな物議を醸した第32回オリンピック競技大会(2020/東京)(以下オリンピック)、東京2020パラリンピック競技大会も無事終了し、多くの感動的な場面が見られた。筆者もご縁を頂戴してオリンピックにおいて国立競技場での陸上競技に関する医務に携わらせて頂いた。その内容をご紹介する。
まず選手に対しては、その結果にかかわらず出場の栄を浴するために行われた不断の努力に心から敬意を表したい。
会場ではたくさんのボランティアがおられたが、皆さん与えられた任務を全うしようと一生懸命に取り組んでおられた。閉会式でボランティアに対する賛辞の言葉があり、参加された選手の皆様からも大きな拍手を頂戴したことからもボランティアなしでは運営できなかった大会であったと言える。
医務室も例外ではなく、医師、看護師、理学療法士、アスレティックトレーナーなど資格者が互いに協力して業務が行われていた。医療チームは高い客席で全体を監視するトレーナー、各コーナーに待機する医師とトレーナー、医務室にいる医師がトランシーバーで常に連絡を取り合い、医務室内のモニターでも確認を行った。何らかの障害が起きた可能性がある旨の連絡が入ると、医務室では直ちに準備にかかる。生命の危険も考えられる熱中症に対しては、水温10℃前後に保たれるアイスバスが用意されている。ただ今回東京では使用の一歩手前、という例があったものの結果的に必要なかった。しかし、医療側にとっては毎日シミュレーションを行ったことが今後に対する貴重な経験となることは間違いないであろう。高温環境が厳しくなっている昨今、熱中症による死者を減らすために是非とも広まってほしいやり方である。実は2007年に大阪で行われた世界陸上でも医療面で関係させて頂いたが、この時よりもはるかに充実した態勢であった。2025年には再度東京での世界陸上もあるやに聞く。その際にはさらに進化した医療体制が構築されることを願ってやまない。
一方で残念なところもあった。肉離れをおこした外国選手を選手村にあるポリクリニックまで救急搬送しようとしたが、残念ながら司令からの許可が出ない、途中の道がわからないなどのトラブルがあり、搬送が完了するまで結局1時間30分以上要してしまった。運よく命に関わるような状況ではなかったが、まかり間違えば国際問題にも発展しかねないところであった。これもポリクリニックへの搬送が「想定外」であったことに端を発したと考えられる。現下のコロナ禍を筆頭に、医療や経営にも常に「想定外」の事態が起こりうるが、それは適切に「想定」されていなかったことを意味する。危機に対する感度をいかに高く保つか、その危機に対していかに早く、適切に対応できるかが健康経営を進める上で大切なポイントであろう。健康経営の意味を改めて考えたオリンピックであった。