理事雑感

各理事の活動の状況や健康経営についての考えを披露。

20097SEP

競争社会の閉塞感

2009年09月07日(月) 理事 平野治

毎日のように気持が暗くなるニュースが流れてきます。
「経済不況が一段と・・・」、「自殺者が半年で17000人を超えた・・・」、「環境のさらなる悪化・・・」、「個人消費の冷え込み・・・」等々、気持ちが前向きになるようなニュースはないのでしょうか。確かに未曾有の社会状況なのでしょうね。

私はマーケティング組み立て屋ですが、マーケティングの世界も1997年を境に大きく様変わりしてきました。1997年以前は、市場内の競争戦略が中心で、シェア(自社占拠率)をどのように勝ち取るか、がテーマでした。 今でも勝ち組、負け組などと旧態依然の考え方から抜けきれず、相手(競合)に勝つことを目的とした考えでマネジメントしている企業は多いです。

少しばかり言い過ぎかもしれませんが、私は競争社会が閉塞感を生む、と考えています。 過去を振り返ってみると、日本は高度成長期を経てバブルと呼ばれる時代を過ぎ、モノに対する欲求が行くところまで行ったような気がします。 モノの欲求では満たされない状況にあるのに、「これでもか」とばかりに、市場にモノが送り込まれるわけですから、例えるなら、満腹状態でフルコースを目にするのと同じ状況なわけです。つまり、この状況をつくりだしているのが、市場内の競争戦略なのです。 その結果、「モノが売れない」となるわけです。 モノは売れないのではなくて、必要量を超えているわけですから、買いたくないわけです。

日本の個人金融資産は、1400兆円と言われています。 日本の1年間の国家予算は、庶民には中身を教えてくれない特別会計(約200兆円)とやらを含めると約280兆円ですが、個人金融資産は、日本の国家予算を遙かに上回るわけです。つまり、日本国民はものすごく、お金持ちなわけです。 数字だけみれば、モノに満たされ、お金も十分にある、となるわけです。 それなのに、何故か不安感と閉塞感が充満しています。

日本人の持ち味だった「まあまあの社会」、今風に言えば「OR」の社会、西洋のようなYES・NOのどちらかに決める了見の狭い文化ではなく、相手の気持ちを考え、仲間と一緒に楽しみを分かち合い、気遣う、「まあまあ」の社会が、日本の持ち味だったのです。 「まあまあ」の余裕が気持ちの豊かさ生むはずです。 健康経営は、気持ちの余裕をつくっていくものだと私は考えています。